常識は、今のうちに捨てておいてください。 (雑誌広告用キャッチコピーより) この作品を一言で形容するのは難しい。斬新、ユニーク、強烈、猥雑、不気味、不条理、アジア・ゴシック、ポスト・サイバーパンク。どんなに言葉を並べたててもどこかに「そんなものじゃない」という気持ちがつきまとう。言葉に表わせぬ「何か」が、私たちを魅了して止まないのだ。 ただ一つ言えることは、このゲームをプレイする者は、他のどんなゲームでも・・・いや、他のどんなメディアでも味わうことのできない体験をするだろうということだ。 |
陰界の様子がどのようなものか、私たちには想像もできません。 (愛萍) 現存するこの世界は、陰陽二つの界から成り立っている。我々の住むこの馴染み深い「陽界」に対して、陰の存在とも言うべき「陰界」は、闇と混沌に支配された、まさしく想像を絶する世界である。そうした陰陽の境を越えて、二つの世界の〈風水〉───世界に平和と秩序をもたらす気の流れを監視している組織が、〈香港最高風水会議〉である。 香港の中国返還を間近に控えた1997年5月22日。史上かつて類のない大事件が世界を揺るがした。今はなき九龍城砦が突如、香港の街に出現したのだ。九龍城砦は1995年に解体を完了し、今は存在しないものとして陰界に属するべきものである。それが陽界に姿を現わしたということは、陰陽の混乱、秩序の喪失……さらには世界の崩壊をも意味する。 不安と混乱が世界中を覆う中、主人公=プレイヤーは、並の風水師を凌駕する能力を持つ「超級風水師」としての実力を買われ、香港最高風水会議から九龍城への潜入を命じられる。その任務は、秩序なき陰界で、風水を司る四神獣───青龍、白虎、朱雀、玄武の見立てを行い、陰界に風水をおこすこと。整った風水を持つ陽界とは異なり、陰界ではかつて四神獣の見立てが行われたことはない。そのため今も陰界には風水が存在せず、気の乱れが陰陽のバランスを崩すまでに大きくなってしまったのだ。 問題を解決する方法はただ一つ、四神獣の気脈がすべて通じている九龍城で、四神獣の見立てを行うこと。だが、だれも経験したことのない陰界での風水の見立ては、陽界の常識をはるかに超えた、衝撃的な任務だった・・・・・・ |
分かってるだろ・・・あんた、この街で歓迎されてるとでも思ってるのか? (ねじ屋) 陰界に足を踏み入れた者はまず、そこに漂う陰鬱な空気に圧倒される。「汚す」ことに主眼を置いて描かれたCGは、かつて実在した香港の魔窟、現実の九龍城砦もかくやと思わせるリアリティを醸し出している。天井を走るパイプから噴き出す蒸気や破れかけた貼紙、漢字だけで構成された看板などが作り上げる「九龍城」のイメージは、見事というほかはない。 さらに、文楽の手法を取りいれ、人形を模して描かれた登場人物たちの緩慢な動きや意味あり気な台詞が、街の雰囲気を一層「濃い」ものにしている。古靴屋、えび剥き屋といった現実世界では想像も及ばぬ奇怪な商店、よそ者たる風水師に投げつけられる排他的な視線、「奥」で行方不明になったという鏡屋の噂、情報をくれた少年が恐れる「あいつら」の存在・・・成り行き上、鏡屋の捜索に向かう頃にはもう、この不思議な世界に心を冒されはじめている。 |
ねえ、この話、俺が教えたってこと、内緒だよ・・・ (えび剥き屋の子ども) 探索を進めるうちに、陰界の九龍城を牛耳る黒組織、〈蛇老講〉───オールド・スネークの存在に気付かされる。スネークは下部組織〈双子屋〉を使って九龍中の双子を掌握し、双子がおたがいに引きあう力、鳴力(ミンリー)を集めている。その力を足がかりとして、最終的には神獣の力を我が物とし、不老不死の奇跡を起こすことが彼らのねらいだという。 九龍の住民はみな、スネークの得体の知れない力に怯えている。九龍では、彼らに逆らってその後の消息が途絶えたという人々の話題には事欠かないのだ。だが、そうした人々の肉親や友人が、スネークに対して怒りを抱いているのもまた事実だ。 ユーモラスささえ感じるほどに奇怪な風体の者、意味ありげな───だが理解不能な言葉を並べ立ててこちらを煙にまこうとする者・・・陰界の住民たちは誰も皆、異様で近寄りがたい。だがその心根は陽界に生きる我々と、何ら変わるところはない。 |
ふふっ、あなたリッチに気に入られたみたいね。 (小黒) 九龍城にやってきた風水師は、そこで小黒(シャオヘイ)という少女に出会う。まるで少年のような名前を持つ彼女は、夢で語りかけてくる自分の姉を探しているのだという。2年前にどこからともなく九龍に現れた彼女は、それ以前のことを何も覚えていないらしい。 風水師の出現により、姉の予言した自分との出会いが間近に迫っているのを感じた小黒は、その手がかりを求めて、邪気に満ちた危険な場所へも果敢に踏みこんでゆく。だが同時に、彼女の周辺でスネークが不気味な動きを見せはじめる。 小黒と姉とは双子なのか?姉が語りかけてくるという声こそが、鳴力に他ならないのだろうか? 物語は彼女の行動を追う形で進んでゆく。 |
辰387−壬 さんは、名前はないのですか? (王) 陰界で風水師がめぐりあう者たちのうち、幾人かは最後まで実際に顔を合わせることはない。クーロネットと呼ばれる通信ネット上でのチャットとメールでのやりとりに終始するのみだ。 顔も表情も判らない。その欠落を補うためにプレイヤーは、自分の想像に頼ることを余儀なくされる。だがそこには自ずと、プレイヤー自身の心の揺れが投影されることになる。 ネットでのみ巡りあう者たちのほとんどは、〈双子屋〉に登録を行った双子たちであり、〈双子屋〉の主催するチャット「リゾーム」の会員たちである。彼らの言葉はみな一様に友好的ではあるが、どこか得体が知れない。言葉一つ一つを取り出してどこがおかしいと指摘できるわけでもないのに、彼らの交わす会話はいつも「無邪気な悪意」とでも言うようなトーンに満ちている。それらはむしろあからさまな敵意よりもずっと、こちらの心をおびやかす。 リゾームの会員たちに当初感じる不気味さは、正気と狂気の境界が意外なほど弱くあやふやなものだと気付いた私たち自身の不安に他ならない。 |
いいか、一つ忠告しておく。この街で起こったことは、絶対に自分だけの心にしまっておくんだ。 (リッチ) PSの電源を入れる。データのロードが終わると、耳慣れたあの気だるげなメロディが流れだす。目の前にはクーロネット端末。ふと振り返れば、いつものようにリッチがカウンターにひじをついてこちらを見つめている。・・・ああ、帰ってきたんだな、と思う。 陰界の九龍城の街並みは、限りなく異様でありながら、どこか懐かしい。謎を追って探索を続けるうちに、まるで自分が実際にその街にいるような・・・いや、あの街にいる自分が本当の自分で、モニターのこちら側にいるのはかりそめの存在である気すらしてくる。 なぜあんなにも陰湿な街や奇怪な人々に、これほどまでに心惹かれるのか。その答えを探すために自分の心の底を覗きこむ行為は、陰界への扉を開けるのにも似ているような気がする。 一説によれば、陰界とは陽界で失踪した人間の行きつく先だとも言う。極限に達した物質的繁栄の果てに失われてしまった私たちの心のたどりつく先もまた、陰界なのかもしれない。 |
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