懐かしさの正体
- フロントから龍城路へ戻ってきて、あれっ、と思いました。何だか、景色が懐かしい感じがするんです。
一つには、見覚えのある場所に戻ってきた、という意識があったのだと思います。周りに誰も知り合いはいないし、出会う人はみんななんか危ないこと言うしで、結構緊張を強いられていたので、多少なりとも味方として言葉を交わしたことのある人達がいる場所へ来れたというのが、気付かぬうちにかなり安らぎになっていたようです。
- けれど、それ以上に、目の前の光景そのものがどこか懐かしく感じられるようになったのです。漢字ばかりのネオンや古臭い建物の様子が、何だか遠い昔に見たことがあるような。こんな得体の知れない世界なのに、何故、そう感じてしまうのだろう。そんな事を考えているうちに思い出したのが、小さい頃に家族で出かけた時の記憶でした。
- おそらく、親戚の家か何かに行った帰りだったのだろうと思います。その日はそこの家に長居してしまい、夜10時頃になってようやく両親と共に車に乗って帰途につきました。
本当だったら、おとなしく寝ていないと人さらいがやってきて連れて行かれてしまう(小さい頃、まだこう言われておどかされてたんですね(^^;))はずの時間なのに、今日はまだ起きて、車の窓から一度も来た事のない場所を眺めている。その事だけでもなんだかドキドキする経験でした。そんな私の目に飛び込んでくる街の夜景は、少し怖くて、そしてとてもきれいでした。
自分の寝ている間にも、自分の知らない場所で、自分の知らない世界が動いている。今にしてみれば当たり前のことなのですが、自分の目の届く範囲が自分の世界すべてである幼い子供にとっては、それは自分の存在が揺らいでしまうほどに恐ろしく、けれどそれと同時に、その恐ろしさを忘れさせるほどに魅力的だったのです。
- 今の気持ちは、あの時の怖さと興奮に何だか似ている。恐ろしいけれど、どうしようもなくそれに惹きつけられてしまう。そんな、子供時代の記憶の再現が、懐かしさの正体だったのかもしれません。